叔父の死

東京のお土産を実家の母宛に送った。
その御礼の電話があったが、話の途中で
さもないことのように
『ああ、そうだ。先月、名古屋のおじさんが亡くなったようだ』
と、話した。
仮にも、母の弟でしょう?
その他人事のような口ぶりは、なに?

実は、叔父は生前から
『僕は、早くから秋田を離れているし、子供もいないし、
僕に何があっても、妻は秋田の親族とは、親密な付き合いを
している訳でもないから、亡くなったからと言って、遠くから
来てもらっても、お互いに困るでしょう。だから、僕が亡くなっても
すべて終わってから、知らせるから』と母の姉弟達に伝えていたらしい。
実際、私も最後に叔父にあったのは25年も前のことだ。
叔父の連れ合いは、その叔父の遺言のとおり、叔父の納骨が終わってから
母達に告げてきたらしい。
母はすぐに、お悔やみの手紙を送ったらしいが
その返書には
『これにて、親族の繋がりは最後です』とあったらしい。

おりから、「葬式はいらない」とかいう本が売れているらしいが
合理的といえば、合理的。
都会らしいといえば、今らしい。

納得出来るような、出来ないような。
なんとも、もやもやした気分。

叔父の贈り物の「羽子板」と中学生になった時に贈られた
万年筆が残された。
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by hinano-sato | 2010-03-31 22:58 | 生活 | Comments(0)


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